メキシコ旅行記(11)カラクムル

〔2010年4月15日(その2)〕
続けて今日のメイン、カラクムル遺跡へと向かいます。この遺跡は、僕が今回の旅でもっとも行きたかった所でもあります。

例のさいきん拡幅された4車線のりっぱな道を、タクシーは時速100キロ以上でとばします。遺跡の入口へと曲がる分岐点のところで検問があり、ここで26ペソ取られます。環境保護料とか、そういった名目のもののようです。(遺跡の入場料はべつ)

分岐点から先はジャングルの中で、さすがに道はよくありません。それでも、ドライバーはかなりのスピードで走ります。途中、ベカンで会ったカナダ人夫婦の運転するレンタカーを、軽く抜き去りました。

ドライブにも飽きるころ、ようやくカラクムル遺跡の入口に着きます。ベカンを出てから、かれこれ2時間が経っています。最大限にとばしてこれなのですから、やはり遠いということです。

うっそうとしたジャングルの中を進んでいくと・・・。

画像

おや、野生の七面鳥(?)が。

画像

いくつかの小さな建物を通りすぎたあと、ようやく遺跡の中心である、グラン・アクロポリスにたどり着きます。写真はアクロポリスの一画に位置する、建造物ⅩⅢ。

画像

カラクムルにはいくつもの石碑がたっていますが、もろい石灰岩でつくられているため、その多くは風雨のため解読がむずかしくなっています。ご覧の石碑も、ひどく磨耗しています。

画像

お決まりの球戯場もあります。

画像

こちらもグラン・アクロポリスに面する建造物のひとつ。スイマセン、名前は失念しました。(^^;) とにかく、カラクムルにはこのような建造物がたくさん建っています。その敷地は広く、まともな地図もないため、ともすると迷いそうになります。おまけにこの日は日ざしがとても強くて、僕はなんだかふらふらしてきました。

さて、よく写真で紹介されている、いくつもの人面のレリーフがついているという建造物Ⅱですが、僕は見ることができませんでした。(>_<) たんにルートどりが悪くて見逃しただけなのか、それとも漆喰のレリーフは風雨に弱いため埋め戻されてしまっているのか、どちらなんでしょう? ご存知のかた教えてください。

さて、このカラクムルについては、ティカルを盟主とする都市連合と覇を争った、カーン王国の首都だったといわれています。カラクムルがカラコルドス・ピラスピエドラス・ネグラスといった都市を勢力下におさめるいっぽう、ティカルはパレンケと同盟を組む、といったぐあいです。ふたつのスーパーパワーはマヤ低地における覇権をめぐり、長い抗争をくりひろげます。

一時的に、カラクムルはティカルに対して勝利をおさめたようで、ティカルにおいてはかなりの期間、石碑に年代が刻まれない、という異常事態が続きます。やがてティカルは復興しますが、両都市とも、低地マヤの崩壊という事態をうけ、紀元830年ごろまでには衰退したと見られています。

このように、マヤの歴史において大きな役割を果たしたカラクムルですが、近年になって碑文の解読が進むまで、その重要性がはっきりせず、また交通の不便な場所にあったために、あまり観光客の訪れるようなところではありませんでした。最近この地域の道路が整備されてきたこともあって、人気が出てきているようです。(^^)

この日は5時すぎに宿にもどりました。が、下痢がなおらず、まともな食事をすることができません。(食事中の方、たびたびゴメンナサイ)

画像

この「ビンボ」ぐらいしか、食べられない体になってしまいました。まあ、貧乏だからしかたないです。トホホホ・・・。(ToT)


古代マヤ王歴代誌
創元社
サイモン マーティン

ユーザレビュー:
待望の本マヤの歴史を ...
スリリングに古典期マ ...
日本で初めてのマヤ王 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る




新しい考古学と古代マヤ文明
新評論
ジェレミー・A. サブロフ

ユーザレビュー:
マヤ研究の学説史を鳥 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック