メキシコ旅行記(14)カンペチェ~エズナー

〔2010年17日(土)〕
カンペチェの町が気に入った僕は、ここにもう一泊することにしました。思えば、腹の調子が悪くなっても予定をくずさず、ハイペースで移動を続けてきました。このへんで、少し休息することが必要です。(といっても、明日にはべつの町に移りますが^^;)

ホテルに荷物を置いたまま(いやー、荷物を置いとけるって、いいですね)、エズナー遺跡へ向かうバスをさがします。
歩き方にもロン・プラにも書いてある、エズナー行きのバスが出るという市場の近くのバス停に行ったのですが、いつまで待ったって来やしません

ぶらぶらしていると、「エズナーへ行くのか?」とコンビの運転手に声をかけられました。遺跡近くのピッチという町まで行くコンビで、エズナーまで5ペソだそうです。これ幸いと乗り込みましたが、満員になるのを待っているのか、なかなか走り出しません。けっきょく、30分以上が過ぎた9時半になって、ようやく出発しました。

エズナー遺跡には1時間ほどで着きました。コンビは遺跡の目の前まで行ってくれましたが、帰りは遺跡から少しはなれた十字路まで出て、通りすぎるバスを止めなくてはならないそうです。一抹の不安が。

画像

すぐにエズナーのシンボル、五層の神殿が見えてきます。カラクムルと対抗していた大都市、ティカルの勢力下にあったエズナー。ピラミッド頂上の飾り屋根には、やはりティカルの影響が見られるそうです。

画像

グラン・アクロポリスは、五層の神殿をはじめとする、いくつかの建物に囲まれた広場です。もうひとつ、ペケーニャ・アクロポリス(小アクロポリス)というのもあり、その横には、

画像

このようなマスクのレリーフをもつ神殿があります。

画像

おきまりの球戯場。マヤの球技では、負けたほうのチームのキャプテン(または全員)が、神に生贄としてささげられたそうです。(いや、勝ったほうが生贄にされたんだ、など、いくつかの異説アリ!)

球戯場の遺構は、メソアメリカでは辺境のメキシコ北部からエル・サルバドルまで、いたるところに存在しているようです。そのあたり、メソアメリカにおける各文化の均一性がうかがえますねー。(もちろん違っている部分もありますが)

さて、エスナー見学を終え、バスの通り道にあたる交差点で待っていると、どんどん気温があがってきました。(おそらく35度くらいになっていたでしょう) まったくバスが来る気配がないばかりか、通りすぎる車もまばらです。
遠くの景色が、蜃気楼、というんでしょうか、ゆらゆらとかすんで見えます。一時間ちかく待っても、やっぱりバスは来ません。水分は底をつきました。
(こりゃ、ヤバイな)と思いました。映画『アラビアのロレンス』で、砂漠で見捨てられた人の気持ちが、なんとなくわかる気がしました。(少しですが)

そのときです。親切な人が、「カンペチェへ行くのかい?」といって、車をとめてくれました。おお、これぞ天の助け。まさかこのトシになってヒッチハイクをするとは思いませんでしたが、そんなことはいっていられません。このままいくと、生命の危機さえ感じるほどの暑さです。
お礼をいって、カンペチェの町まで乗せてもらいました。LUCKY!




マヤ文字解読辞典
創元社
マイケル・D. コウ

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る




マヤ文字 (大英博物館双書―失われた文字を読む)
學藝書林
スティーヴン ハウストン

ユーザレビュー:
借りて読むのならよい ...
研究概観書としてはい ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック