三重、和歌山の旅(3)~鳥羽城

〈2012年1月1日(その2)〉
引き続き参宮線を南下。鳥羽をめざします。
駅からやはり徒歩10分ほどのところに、鳥羽城跡があります。
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鳥羽城遠景です。
現状では小高い丘となっています。


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鳥羽城の入口です。
周囲から一段高くなっている城跡は、津波からの避難所になっているようですね。

それにしても、今回三重、和歌山を旅行して感じたのですが、海沿いに家屋がたてこんでいたりして、津波への備えがあまり出来ていないように思いました。
震災後の東北でボランティアなどをし、被害状況をつぶさに見てきた者としては、少々気になります。
東海・東南海大地震も近々だ、と聞きますからね。
余計なお世話だ、といわれそうですが・・・。


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鳥羽城本丸下には、ワイルドなかんじの野面の石垣がのこっています。


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折れをともなった石垣。


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まるでカンボジアのタ・プローム遺跡のように、木に侵食されています。


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本丸は運動場として利用されているようです。


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鳥羽城からの景色です。

鳥羽城は織田氏に属して毛利水軍をうちやぶったことで有名な水軍の将、九鬼嘉隆によって築かれました。
そのため城は典型的な海城となっています。

現在ではうめたてられていますが、当時はまさに海にうかんでいるように見えたことでしょう。
水軍の城であるため、通常は陸側についている大手口が、この城では海側にもうけられていました。

九鬼嘉隆は関ヶ原の合戦のさい、息子の守隆が東軍についているにもかかわらず、石田方である西軍につきます。
西軍の敗退によって嘉隆は伊勢湾内の答志島に逃げます。
守隆の嘆願によって助命がかなったことをしらず、嘉隆は自害してしまったそうです。


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本丸から大手口方面へ下りていくところにある石垣。
ちょっときれいに復元しすぎな気もしますが・・・。


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こちらが当時は海に面していた大手虎口。
さいきんになって復元されたもののようです。


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現在では、大手虎口の目の前を近鉄特急がびゅんびゅん通りすぎていきます。



帰りに、食堂で伊勢うどんとサザエ焼きを食べていきました。
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汁はなく、濃厚な醤油ダレがからませてあります。
やっぱり伊勢といえばコレ!ですよねえ。
(食べたのは志摩でですが・・・)


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海に面した鳥羽は海産物にめぐまれています。
こちらは伊勢エビがはいった味噌汁。
伊勢エビの頭がまるまる入っていますねー。


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鳥羽駅から、ふたたび参宮線で北上します。


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多気駅で紀勢線に乗りかえ。
台風で被害を受け、一時不通だった紀勢線ですが、元気にうごいてました!

新宮着は夜7時になりました。
周囲のお店はやっているところが少なかったので、焼き鳥屋さんで夕食をとり、お酒を飲みました。
この日は新宮泊まりです。



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