鹿児島、熊本・城と飲みテツの旅(11)-東福寺城~帰宅
〈2018年9月5日(水)(その3)〉
さて、これで予定していた目的地はだいたい回ったのですが、飛行機は19:40鹿児島空港発で、まだ時間があります。
もうちょっと観光を続けることにしました。
鶴丸城(鹿児島城)は江戸時代の島津氏の本拠ですが、島津氏はそれ以前に、東福寺城、清水城、内城など、鹿児島市内であちこちと本拠を移しています。
それらの城の正確な位置は把握していなかったので、今回行くつもりはなかったんですが、先ほどふるさと考古歴史館で鹿児島市内の立体地図を見ていたら、東福寺城は鹿児島駅のすぐ近くにあるようでした。
鹿児島駅の近くなら、鶴丸城からそう遠くないので、行ってみることにしました。
鶴丸城から徒歩25分ほどで、多賀山公園入口につきます。
さらに小高い丘をのぼっていくと、東福寺城跡が見えてきます。
東福寺城跡は現在、多賀山公園になっています。
土塁らしい高まりも見られます。
コンクリートで固められてはいますが、往時の堀切の名残りでしょうね。
東福寺城からの景色です。
さらに奥まったところにある、このあたりが主郭のようです。
多賀山公園の一角には、東郷平八郎像がたっていて、軍事マニアの方にとっては、そのほうが有名でしょう。
東郷像の下あたりの平坦地も、東福寺城の曲輪のひとつと思われます。
東郷像ふきんからの景色。
桜島もくっきりと見えます。
東福寺城の築城は、天喜元(1053)年、藤原純友の末裔とされる長谷場永純によるものといわれます。
南北朝期には、北朝方の薩摩守護、島津氏と、南朝方の矢上氏との間で、その帰属があらそわれます。
暦応4(1341)年に、最終的に島津貞久が東福寺城をおとし、以後島津氏の拠点となります。
その後島津氏は清水城をきずいて本拠を移し、東福寺城はいざというときの詰の城として使われるようになります。
多賀山公園の向かいに、祇園之洲砲台跡があります。
幕末期の、薩英戦争のさい、ここに大砲をすえて、英艦隊を砲撃したものです。
JR鹿児島駅前から、ふたたび市電に乗ります。
ずらりと並んだ、バラエティ豊かな市電の車両。
もう一度、天文館通でおり、昼食を食べたラーメン店我流風(がるふ)に行きます。
先ほどはBLOG映えしなさそうな、“元祖ラーメン”をたのんでしまいましたので、あらためてリベンジしようというのです。
この店は“鹿児島ラーメン”で検索したらひっかかって、評判が良いようだったので食べてみることにしました。
なかには、“日本一”だと言う人も・・・。
あらためてBLOG映えしそうな、炙り焼豚ラーメン(味玉入り)をたのみました。
めんは九州らしい細めストレート麺。
博多などにくらべると若干やわらかめ。
ニンニクのきいたとんこつスープは、こってりしていながらもまろやかです。
このラーメンのウリといえる炙り焼豚は、その名の通り適度にこがしてあって、香ばしい。
味玉も絶妙な半熟かげんで良いです。
なかなかおいしいラーメンでした。
“日本一”というのはちょっと大げさかな、とは思いましたが・・・。
このラーメン店のうれしい点は、ラーメンを注文したお客は、生ビールが180円で飲めること!
とうぜん僕も注文しました。
ぷはー。
こちらは昼にたのんだ、シンプルな“元祖ラーメン”。
あとから考えると、こちらも悪くないですね・・・。
鹿児島ラーメンをたんのうし、満足した僕は、ふたたび市電に乗り、鹿児島中央駅前にもどってきました。
しかし今年は、本当にラーメンづいてますね・・・。
北海道では札幌や函館ラーメンを。
東北では喜多方ラーメンを。
そして今回の九州旅行で、熊本と鹿児島のラーメンを食べています。
じつに至福。
鹿児島中央駅にもどった僕は、バスターミナルから空港行きのリムジン・バスに乗り、鹿児島空港へと向かいました。
鹿児島空港で待機中のジェットスター機。
いよいよ旅も終わりです。
各地で城を見て、鉄道に乗り駅弁を食べて、焼酎を飲みラーメンを食べた今回の旅。
なかなか楽しかったです。
またどこかへ旅行に行ったらご報告します。
それでは!
さて、これで予定していた目的地はだいたい回ったのですが、飛行機は19:40鹿児島空港発で、まだ時間があります。
もうちょっと観光を続けることにしました。
鶴丸城(鹿児島城)は江戸時代の島津氏の本拠ですが、島津氏はそれ以前に、東福寺城、清水城、内城など、鹿児島市内であちこちと本拠を移しています。
それらの城の正確な位置は把握していなかったので、今回行くつもりはなかったんですが、先ほどふるさと考古歴史館で鹿児島市内の立体地図を見ていたら、東福寺城は鹿児島駅のすぐ近くにあるようでした。
鹿児島駅の近くなら、鶴丸城からそう遠くないので、行ってみることにしました。
鶴丸城から徒歩25分ほどで、多賀山公園入口につきます。
さらに小高い丘をのぼっていくと、東福寺城跡が見えてきます。
東福寺城跡は現在、多賀山公園になっています。
土塁らしい高まりも見られます。
コンクリートで固められてはいますが、往時の堀切の名残りでしょうね。
東福寺城からの景色です。
さらに奥まったところにある、このあたりが主郭のようです。
多賀山公園の一角には、東郷平八郎像がたっていて、軍事マニアの方にとっては、そのほうが有名でしょう。
東郷像の下あたりの平坦地も、東福寺城の曲輪のひとつと思われます。
東郷像ふきんからの景色。
桜島もくっきりと見えます。
東福寺城の築城は、天喜元(1053)年、藤原純友の末裔とされる長谷場永純によるものといわれます。
南北朝期には、北朝方の薩摩守護、島津氏と、南朝方の矢上氏との間で、その帰属があらそわれます。
暦応4(1341)年に、最終的に島津貞久が東福寺城をおとし、以後島津氏の拠点となります。
その後島津氏は清水城をきずいて本拠を移し、東福寺城はいざというときの詰の城として使われるようになります。
多賀山公園の向かいに、祇園之洲砲台跡があります。
幕末期の、薩英戦争のさい、ここに大砲をすえて、英艦隊を砲撃したものです。
JR鹿児島駅前から、ふたたび市電に乗ります。
ずらりと並んだ、バラエティ豊かな市電の車両。
もう一度、天文館通でおり、昼食を食べたラーメン店我流風(がるふ)に行きます。
先ほどはBLOG映えしなさそうな、“元祖ラーメン”をたのんでしまいましたので、あらためてリベンジしようというのです。
この店は“鹿児島ラーメン”で検索したらひっかかって、評判が良いようだったので食べてみることにしました。
なかには、“日本一”だと言う人も・・・。
あらためてBLOG映えしそうな、炙り焼豚ラーメン(味玉入り)をたのみました。
めんは九州らしい細めストレート麺。
博多などにくらべると若干やわらかめ。
ニンニクのきいたとんこつスープは、こってりしていながらもまろやかです。
このラーメンのウリといえる炙り焼豚は、その名の通り適度にこがしてあって、香ばしい。
味玉も絶妙な半熟かげんで良いです。
なかなかおいしいラーメンでした。
“日本一”というのはちょっと大げさかな、とは思いましたが・・・。
このラーメン店のうれしい点は、ラーメンを注文したお客は、生ビールが180円で飲めること!
とうぜん僕も注文しました。
ぷはー。
こちらは昼にたのんだ、シンプルな“元祖ラーメン”。
あとから考えると、こちらも悪くないですね・・・。
鹿児島ラーメンをたんのうし、満足した僕は、ふたたび市電に乗り、鹿児島中央駅前にもどってきました。
しかし今年は、本当にラーメンづいてますね・・・。
北海道では札幌や函館ラーメンを。
東北では喜多方ラーメンを。
そして今回の九州旅行で、熊本と鹿児島のラーメンを食べています。
じつに至福。
鹿児島中央駅にもどった僕は、バスターミナルから空港行きのリムジン・バスに乗り、鹿児島空港へと向かいました。
鹿児島空港で待機中のジェットスター機。
いよいよ旅も終わりです。
各地で城を見て、鉄道に乗り駅弁を食べて、焼酎を飲みラーメンを食べた今回の旅。
なかなか楽しかったです。
またどこかへ旅行に行ったらご報告します。
それでは!
















この記事へのコメント
今度、市内に行ったら、食べてみようと思います😊。
旅先で食べるご当地のラーメン、良いですね♪
各地で特徴があって食べ甲斐がありますね(^^)
島津家って、本拠を移してたんですね。
東福寺城ですか。
知りませんでした。
我流風の炙り焼豚ラーメン、おいしかったです。
ネットでは鹿児島ラーメンでいちばんという人も・・・。
ぜひ一度食べてみてください。
いつもコメントありがとうございます。
最近は旅先で各地のラーメンを食べるのが習慣になり、ほとんど目的の一部と化しています。
本当に各地で特徴が違っていて、飽きません。
いつもコメントありがとうございます。
島津氏は、鹿児島市内の比較的近い範囲で、たびたび本拠を移していました。
中でも東福寺城は、島津氏がはじめて現在の鹿児島市内に構えた城です。
いつもコメントありがとうございます。
思いがけない収穫になりましたね。
昔の面影はあまり残ってないと言っても、
家ニスタさんなら、土塁や堀切の跡を
発見するのは難しくないでしょう。
地元の博物館を訪ねたのが役に立ちましたね。
鹿児島は 江戸時代外様大名とは言え
大きな藩だったからか 豊かな文化が
育っていて 良い城下町と言う趣
ですね
食文化も楽しめて 良い旅に
なりましたね!
僕にとっても東福寺城は、意外な掘り出し物でした。
たしかに公園化されていて、昔の痕跡はあまりのこっていないんですけれど、よく見ると土塁や堀切の跡を見つけることができます。
ふるさと歴史考古館も、偶然行った博物館だったのですが、行っておいてよかったと思いました。
いつもコメントありがとうございます。
たしかに鹿児島藩は大藩で、幕末ごろには財政的にも豊かだったんですが、それには琉球や奄美から収奪したため、という面もあったようです。
そのへんのことは、今年の大河ドラマ『西郷どん』でも描かれていました。
現在では、予想外に充実した美術館などもあり、文化度の高い町という印象を受けました。
食文化も豊かで、楽しめました。
いつもコメントありがとうございます。
色いろ参考になりました
城めぐり+飲みテツ+地元グルメと、本当に充実した旅になりました。
九州良いところですので、とまるさんもぜひお越しください。
いつもコメントありがとうございます。
多賀山公園の名は、近江の多賀大社を島津義久が勧請した多賀神社と東郷平八郎の墓所があると聞いていましたが、主城だったとは。。。鹿児島は先祖の地なのにしらないことだらけ、真剣にもう一度再訪してみたいものです^^
つとつとさんは鹿児島がルーツでしたか。
一般的には、東郷平八郎の墓所と銅像ばかりが有名で、島津氏の城跡であることはあまり知られていないようです。
本城だけあって、それなりに規模が大きいですね。
こんど清水城や内城も行ってみたいと思っています。
いつもコメントありがとうございます。