M・ザンデルリンク&都響の『ショスタコ6番』を聴いてきました

ミヒャエル・ザンデルリンク指揮東京都交響楽団(都響)によるショスタコーヴィチ交響曲第6番を聴くため、上野の東京文化会館へ行ってまいりました。

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ミヒャエルのお父さんは、かの名指揮者クルト・ザンデルリンク(故人)。
残念ながら、僕はクルトの指揮を生で目にしたことはありませんし、CDも持っていないのですが、一時代を画した名指揮者のひとり、という印象はあります。
その遺伝子を継ぐミヒャエル、今日はどんな演奏を聴かせてくれるでしょうか。

僕はショスタコ6番のCDは、1枚だけ持っています。
インバル/ウィーン交響楽団による、1991年の演奏です。
例によって予習として、事前にこのCDを聴きこんできました。

開演30分前に、会場に着きます。
客席を見わたすと、ぱらぱらと空席が目につきます。
いちばん安いEX券の当日券が出るのも、あまりないことのように思います。
ショスタコーヴィチの交響曲のなかでは地味な、『6番』という曲目のせいでしょうか。


時間になり、オケと指揮者のザンデルリンクが入場してきます。
ミヒャエルは背が高くすらっとしていて手足もながく、遠くの僕の席からでは顔まではわかりませんが、イケメンという印象。
基本的にすべてのイケメンに反感をもつ僕、血筋も良くイケメンのミヒャエルに、瞬時に嫉妬をおぼえました。

今日は前座に、ワイルの交響曲2番と、プロコフィエフのピアノ協奏曲1番が演奏されます。
ワイルは振幅がおおきく、カラフルな曲といった印象。

ちょっとの間をおいて、ピアニストの河村尚子さんが入場してきます。
この方は僕は初見ですが、数々の国際コンクールで優秀な成績をおさめられている方のようです。

プロコフィエフのピアノ協奏曲は、「ピアニスト大変そう!」というのが素人の僕の感想。
鍵盤を端から端まで使い、ダイナミックにせわしなく腕をうごかされていて、心拍数上がるだろうなあ、と思いながら見ていました。
曲の終了後、アンコールにも応えていましたね。


休憩をはさみ、いよいよメインのショスタコーヴィチ交響曲第6番がはじまります。
重厚な弦がおごそかに鳴りはじめ、曲の開始を告げます。
第1楽章は全体として重たくミステリアスで、演奏時間も長く、この曲の中核といえます。

第2楽章は一転して、軽快な音楽にはじまり、しだいに感情を爆発させたような、起伏のはげしい音楽にうつっていきます。
このへんのダイナミック・レンジの広さは、まさに「ショスタコーヴィチ節」といったところですが、ミヒャエルはこうした局面でもオケをコントロールし、破たんしない範囲でうまく激しさを出していたと思います。

短い第2楽章が終わり、いよいよ終楽章へ。
CDを聴いたときの印象では、重厚な1楽章と勇壮な2楽章から、3楽章の明るいエンディングへのつながりがスムーズではないような気がし、ちょうど『マーラーの7番』のような、ちぐはぐ感がポイントの曲なのかな、と思っていました。

しかし実際に生で聴いてみると、2楽章のなかばからしだいに盛りあがっていって、3楽章のエンディングへとなだれこんでいく流れがよく理解でき、きちんとした物語性をもった曲なのだと思いました。

ミヒャエルの指揮はしぐさがおおきく、しかも長い手足の動きがカクカクとしているので、なんだか“ナナフシ”とかの昆虫が指揮しているように見えました。
でもオケをよくコントロールし、感動的な演奏に仕上げてくれていたと思います。



これで僕が生で聴いたショスタコーヴィチの交響曲は、5、6、7、8、10、11、12、15番の8曲になります。
15曲中8曲ですので、順調に“ショスタコ・チクルス”の完成に近づいているように見えますが、残っているのがいずれも演奏機会の少ない曲ばかり。
まあ、焦らずにちょっとずつ完成に近づいていきたいと思います。
だれか“バビ・ヤール”とか、やってくれないかなあ。

またどこかのコンサート・ホールに行ったら、ご報告します。
それでは!



ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番
キングレコード
2016-11-02
クルト・ザンデルリンク指揮 ベルリン交響楽団

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この記事へのコメント

2018年12月01日 20:50
クラシックは苦手な僕ですが、お父さんのクルト・ザンデルリンクは憶えていました。ただ聴いたのがブラームスだけですが。。(故人)@@ 知らなかったTT
家ニスタ
2018年12月01日 23:46
つとつとさん、こんばんは。
クルトはブラームスを得意にしていたようですから、間違いじゃありません。
クルトの3人の息子は、いずれも指揮者になっているようです。
たいへんな音楽一家ですね。
僕は残念ながらクルトの演奏の記憶がないので、息子のミヒャエルの演奏とくらべることはできませんが、先代の記憶が残っている人にとっては、たまらないでしょうね。
いつもコメントありがとうございます。

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