熊本、佐賀・城と遺跡めぐりの旅(2)-麹池城~隈部氏館

菊池神社から北西へ3キロほど車を走らせると、やがて麹池城(きくちじょう)に着きます。

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復元された八角形の鼓楼がたっていて、カッコいいです。


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米蔵など、いくつかの建物が復元されています。


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さらに奥へと進んでいくと、小高い丘に出ます。


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城域の最高所である、この丘からの景色はすばらしいです。


鼓楼のほうへともどり、温故創生館のなかへとはいります。

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麹池城にかんする、さまざまな展示がされています。


麹池城は7世紀後半に、大和朝廷によってきずかれた朝鮮式山城のひとつです。

660年、日本の同盟国であった朝鮮半島の百済が唐・新羅連合軍の攻撃によって滅ぶと、中大兄皇子は百済の救援を決意。
しかし百済の遺臣と倭(日本)の連合軍は663年の白村江の戦いで唐・新羅軍に大敗します。

唐・新羅による日本侵攻の脅威が切迫したものとなり、大和朝廷は各地に大野城や基肄城などの城をきずきます。
これら百済遺臣の技術指導による城は朝鮮式山城と呼ばれ、文献にものこっていますが、一方で文献に記述のない岡山県の鬼ノ城などの城も、この時期にきずかれたと考えられています。
これらの城は神籠石とよばれます。

麹池城は天安2(858)年に大規模な火災が生じるなど、いくつかの紆余曲折を経ながら10世紀後半まで存続しますが、やがて廃城となります。


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温故創生館で、続100名城スタンプを押しました。





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温故創生館のちかくにある、温故創生之碑。
防人をイメージしてつくられたものだそうです。


麹池城をあとにした僕は、さらに北へと車を走らせました。
隈部氏館へ行くためです。

麹池城から北へ4キロほどのところなのですが、カーナビで検索しても“隈部氏館”なんてものは出てこず、だいたいこのあたりだろう、とあたりをつけていりくんだ道を走りました。
途中から“隈部氏館跡”という看板が道ぞいに出てきて、わかりやすくなりました。


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やがて館跡の入口に着きました。


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隈部神社の手前に、石垣をもちいた立派な枡形がありますが、石垣は後世に積みなおされたもののようです。


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隈部神社一帯が、かつての隈部氏館跡。


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鳥居をくぐった先にひろがる平坦地が、主郭に相当する部分でしょうか。


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館跡の一角には、庭園の跡もあります。
かなり文化度のたかい生活をおくっていたようです。


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館跡の奥まったところが高まりになっていて、そこに神社の本殿があります。


隈部氏は中世に山鹿市一帯を領した肥後の国人です。
長らく菊池氏の家老職をつとめていましたが、たび重なる家督あらそいから主家が弱体化すると、逆に隈部氏の勢威は増します。
永禄2(1559)年に隈部親永がおなじく家老職であった赤星氏をやぶると、さらに勢力を拡大します。

天正12(1584)年には九州統一をめざす島津氏に攻められますが、1年におよぶ籠城のすえに和睦し、所領を安堵されます。
2年後に秀吉の九州征伐がはじまるとこれに降伏し、またしても旧領を安堵されます。

天正15(1587)年には、佐々成政による検地に親永父子が抵抗し、肥後国人一揆のきっかけとなります。
一揆後、隈部一族は捕えられて首をはねられ、隈部氏の正統はとだえます。





菊池市周辺で4つの城跡をまわりましたが、古代の朝鮮式山城から、肥後の国人の館跡まで、バラエティに富んだ城跡が見れて、なかなか面白かったです。

レンタカーで今日の宿のある水道町付近まで行き、タワーパーキングに車をとめました。
部屋に荷物を置いてから、宿のちかくの繁華街へとくりだします。


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この日行ったのは、宿からほど近い居酒屋茂平です。
“あか牛丼”の看板につられて、ふらふらと入ってしまいました(笑)。

中に入ってみると、思ったより高級そうな雰囲気です。
僕は個室に案内されました。
こっ、これは店の選択をあやまったか?
でも値段はそれほどでもなさそうなので、ひと安心。


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まずはビールで1日の疲れをいやします。


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これがあか牛丼だ!
外は香ばしく焼いてあり、中はレア。
“たたき”のような牛肉がめっちゃウマーい!

あか牛とは、褐毛和種(あかげわしゅ)のことで、阿蘇、矢部および球磨地方で飼われていた在来種とシンメンタール種の交配により改良された固有種とのことです。
肉質は赤身が多く、うま味とやわらかさ、ヘルシーさを兼ね備えているそうです。


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日本酒に移行。
後ろに見えているのは里芋の天ぷら。

熊本は焼酎も日本酒もどっちも飲める地域ですが、この旅では日本酒を飲むことが多かったです。


明日は佐賀の城と遺跡をまわります。




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この記事へのコメント

2018年12月11日 12:22
こんにちは
中大兄皇子とか百済とか任那
とか新羅とか 歴史で習いましたね

私は俗に言う韓ドラでも いわゆる
歴史ものが好きなので 韓国の
新羅とか百済とか高句麗とかの争いは
テレビで結構 観てますが (笑)
古ーーいお話ですよね
なんか浪漫を感じて 良いですよね♪

そんな古い頃の影響でしょうか?
八角形の鼓楼は 大陸の雰囲気があり
ますね!
2018年12月11日 13:27
こんにちは。

麹池城ですか。
八角形の鼓楼が再建されているんですか。
これは素晴らしいですね。
芝生も綺麗ですね。
2018年12月11日 19:34
麹池城はマラソン大会で近くを走るのですが登りがきつくてゆっくり眺めることはできません。麹池城の日に行き鼓楼に登った記憶があります。隈部館も楽しまれたのですね。佐々成政の検知に抵抗した肥後国人一揆。この辺りは私のブログネタ候補です。
2018年12月12日 21:20
麹池城は知りませんでした。八角形の鼓楼は見応えがありますね。古い時代のお城であることが分かります。
隈部氏館もしっかりと整備されているのですね。ここから佐々成政を追い込んだのですか。
それにしても、あか牛の牛丼は美味しそうですね。
家ニスタ
2018年12月12日 22:54
おとめさん、こんばんは。
中大兄皇子や百済、たしかに歴史の教科書でおなじみですね。
おとめさんは韓流ドラマをよくご覧になっているのですね。
八角形の鼓楼は、根拠ははっきりしませんが、たしかに古い時代の城の雰囲気がよく出ていると思います。
いつもコメントありがとうございます。
家ニスタ
2018年12月12日 22:56
トトパパさん、こんばんは。
たしかに麹池城、すばらしいです。
八角形の鼓楼は、じっさいにこうしたものがあったのかどうかははっきりしませんが、いい雰囲気を出しています。
青々とした草もきれいですね。
いつもコメントありがとうございます。
家ニスタ
2018年12月12日 22:58
torさん、こんばんは。
マラソン大会でよく麹池城のあたりを走られるのですね。
鼓楼って登れるのですか。
隈部氏館も楽しみました。
torさんの肥後国人一揆の記事、たのしみにしています。
いつもコメントありがとうございます。
家ニスタ
2018年12月12日 23:02
ミクミティさん、こんばんは。
八角形の鼓楼はあまり見かけませんが、古い城の雰囲気はよく出ていると思います。
隈部氏館もきれいに整備されていました。
佐々成政の検地に隈部氏が抵抗したことが、肥後国人一揆のきっかけになったようです。
あか牛丼、めっちゃおいしかったです。
いつもコメントありがとうございます。
2018年12月14日 23:52
八角形の鼓楼ですか
素敵ですね

あか牛丼。。。めっちゃ美味しそうです
食べたいです♪
2018年12月15日 12:25
中大兄が九州に多くの城や水城を築いたことは聞いていましたが、麹池城のように建物を復元しているのは知りませんでした。本州ではこんな八角形の鼓楼は見られませんから興味津々@@
家ニスタ
2018年12月15日 14:47
とまるさん、こんにちは。
八角形の鼓楼はめずらしく、僕もはじめて見ました。
あか牛丼はめっちゃうまかったです。
いつもコメントありがとうございます。
家ニスタ
2018年12月15日 14:56
つとつとさん、こんにちは。
八角形の鼓楼はたしかに興味深いですが、どういう根拠で復元したのか、よくわからなかったので、ちょっと調べてみようと思っています。
ひょっとすると想像の産物かもしれません。
いつもコメントありがとうございます。

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