ふたたび「みんなの九州きっぷ」の旅(3)-志布志城(松尾城)~志布志麓

恒吉城をあとにしてさらに南へ。
志布志城へ向かいます。

まずは志布志市埋蔵文化財センターへ行き、続100名城スタンプを押します。

0163志布志市埋蔵文化財センター.jpg
志布志市埋蔵文化財センター。
周囲で発掘された、縄文土器や弥生土器がならんでいます。


0159志布志市埋蔵文化財センター.jpg
志布志城の模型。
いつも書いていますが、この城の無意味なほどの巨大さ(笑)がおわかりいただけるかと思います。
これでも「内城」だけで、志布志城にはこのほか、「松尾城」「高城」「新城」という半独立した城があります。

埋蔵文化財センターから5分ほど車を走らせると、観光駐車場に着きます。
ここから内城、松尾城、志布志麓がいずれも徒歩圏内です。

いぜん志布志に来たとき、内城は見学したことがあったので、今回は松尾城へ行くことにしました。


0169志布志城(松尾城)入口.jpg
松尾城入口。


0172志布志城(松尾城).jpg
ここでもシラス台地を切りこんだ、スケールのおおきな切岸が見られます。


0178志布志城(松尾城).jpg
うっそうとした木々のあいだの階段をのぼっていきます。
恒吉城とくらべるとずっと整備され、あるきやすいです。


0179志布志城(松尾城).jpg
鹿児島の群郭式山城にはめずらしく、一部石垣(石積)も見られますね。


0182志布志城(松尾城).jpg
本丸はややせまいです。

内城より前にきずかれた、もともとの志布志城というのは、この松尾城のようです。
規模としては内城より小さいようで、内城クラスの巨大山城4つの複合体が志布志城なのか、と思っていた僕としては、すこしほっとしました。
とはいえ、内城以外の城の規模が大きくなかったとしても、4つの城の複合体としての志布志城が、一地方領主には維持できないほどの巨大山城であることはまちがいありません。

いぜんも書きましたが、「いったい何千人いたらこの城を守りきれるのか」と思ってしまいます。
もし守備に1万人必要だとかいうのだったら、その人数で野戦をいどんだほうが手っとりばやいのでは?(笑)。





0354続100名城スタンプ志布志城.jpg
埋蔵文化財センターで押した続100名城スタンプです。

続100名城達成状況・・・91/100。
続100名城スタンプ達成状況・・・54/100。


この志布志にも武家屋敷街、志布志麓(ふもと)があります。

0187志布志麓.jpg
この前おとずれた知覧麓や、入来麓にくらべると、それほど規模はおおきくないようです。


0190志布志麓.jpg
こちらは平山氏庭園です。


0195志布志麓.jpg
天水氏邸入口。


0197志布志麓.jpg
野趣あふれる庭園です。


0201志布志麓.jpg
この屋敷も、門をくぐってすぐについたてのような石垣があり、
「ちいさな枡形虎口」のようになっています。
麓の武家屋敷というと、庭園の優美さばかりに目がいきますが、じっさいには軍事的要素もすくなからずもっているのですね。


今日は志布志城を構成する4つの城のうち、今まで行ったことのなかった松尾城を見ることができ、麓もじっくり見学できて、満足しました。
他の2つの城、「高城」と「新城」については整備されておらず、見学するのはむずかしいようです。



今日はこれで終わりではありません。
このあと肝付氏の本拠である高山城をおとずれてから、都城へもどります。


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この記事へのコメント

2020年10月28日 00:00
こんばんは♪
確かに 私でも 無駄に大きい気がします…
何のためだったんでしょうね…
2020年10月28日 19:37
お城大好きの私ですが
同じ九州内ですが
こちらには行ったことないです。
すごく広そうですね。
どういった構想だったのでしょうね。
家ニスタ
2020年10月28日 21:39
おとめさん、こんばんは。
はい、無駄に大きいです(笑)。
おそらく、シラス台地は加工が容易で、つくろうと思えばいくらでもつくれるので、後先を考えずに巨大なものをつくってしまったのではないでしょうか。
どうやって守るかまでは、考えていなかったような気がします。
それぞれの城のすべての曲輪に兵を入れたら、冗談ではなく1万人くらい必要かもしれません。
いつもコメントありがとうございます。
家ニスタ
2020年10月28日 21:42
torさん、こんばんは。
志布志城は続100名城にもえらばれ、注目(?)されつつあるのではないでしょうか。
実際、すごく広いですね。
上のおとめさんへの返信にも書いたのですが、あまり構想のようなものはなく、つくれるだけつくった、といった感じなのではないでしょうか。
いつもコメントありがとうございます。
2020年10月30日 22:14
志布志市の埋蔵物文化センターですか。
鹿児島県の考古遺跡というと、
上野原の縄文遺跡を思い出します。
今はどうか知りませんが、発掘時には
縄文最古の定住遺跡と言われていたような…。
縄文と言えば、東日本だろうと思っていたのに、
あれはちょっとショックでした。
それはそうと、志布志城は模型を見ていても、
その複雑さに驚きますね。こんなに複雑にしたら、
守りが隙だらけになりそうなものですが、
こうなった理由というのはあるんでしょうか。
家ニスタ
2020年10月31日 22:41
yasuhikoさん、こんばんは。
まあ、最古かどうかは、発見されたかどうかによるところが大きいので、いちがいに鹿児島のほうが早い、とはいえないと思いますが・・・。
なかなか決着はつかないでしょうね。
志布志城は技巧的には複雑というよりも、ただ尾根という尾根に曲輪をつくっちゃっただけなので、本州の職豊系の城のように曲輪間の連携が取れておらず、基本的には単純なものです。
仰るとおり、曲輪が多ければそれだけ守備兵が必要になり、かなりの兵数がないとスカスカになってしまいます。
そのあたり、どう考えていたのかはよくわかりません。
いつもコメントありがとうございます。
2020年11月10日 07:59
以前にも埋蔵文化財センターの志布志城のジオラマを見せてもらいましたが、何度見ても凄いものですねえ@@
本気でこの城を守ろうとしたら、どれだけの人員が必要になるんでしょうねえ。水・兵糧の問題はありますが、薩摩全軍が入れるかもしれませんねえ^^;志布志の周りにどのくらいの部隊がいたかは、kのように巨大な城は必要だったんでしょうか。案外、家ニスタさんが言われるように作れるだけ作っちゃえというのが当たりなのかも^^
切岸の大きさも凄いし、領主もころころ変わって長い年月をかけたのが解りますが、新領主になるごとに増築したわけで、前領主の跡地利用が嫌だったんですかねえ^^;
家ニスタ
2020年11月12日 00:03
つとつとさん、こんばんは。
以前ごらんいただいたのは、鹿児島城跡にたつ資料館「黎明館」のジオラマだったかとおもいます。
志布志城の模型はいろいろなところにありますね。
守備にどれだけの人数が必要かは、まったくわかりません。
普通にかんがえてこの地域にいる守備兵はせいぜい2~3千かと思いますので、とても守りきれそうにないですね。
インカ帝国でも、王様が代替わりするたびにあたらしい宮殿を建設したといいますので、前の領主がつかっていた城はいやだった、ということはあるかもしれませんね。
いつもコメントありがとうございます。