甲信・続100名城と飲みテツの旅(4)-飯山城~帰宅

今日は旅行最終日です。

泊まったホテルから歩いてすぐのところに、飯山城がありますが、じつはきのうすでに訪問済みです。
なので今日は飯山線で十日町まで行き、琵琶懸城に行くつもりでしたが、若干天気が悪そうなのと、あいかわらずの暑さが予想され、十日町駅から片道2キロ以上あるいての城めぐりはどうなのか、という気もしてきました。

考えた結果、今回は琵琶懸城は見送り、もう一度飯山城を見てから帰ることにしました。
僕は基本的に、一度たてた計画はその通りに実行するほうが好きなのですが、今回は変更ばかりでしたね。
まあ、柔軟に予定を変えられるようになったのは、ある意味大人になったのかなとも思います。
(もうおじさんですが笑)


それでは、きのう飯山城へ行ったときの写真から、ご紹介していきましょう。

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この日は正面から入らず、ちょっと脇のほうから入ってしまいました。
でもこのほうが、石垣の立派さを実感できたと思います。


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飯山城のシンボルである、城門が見えていますね。


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えっ、飯山って長野県スキー発祥の地なのですか?


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城址にある葵神社の鳥居。


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城址に神社があるのは定番ですね。


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随所に見られる石垣は、近世にはいって改修をうけた部分でしょう。





続いて、最終日にあらためて城址をおとずれたときの写真を。

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この日は本来の入口からはいりました。


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すこしのぼると、虎口らしきものが見えてきますが、この入口は近年になって無理やり土塁をけずってあけた部分のようで、本来の虎口ではないようです。


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本丸ふきんからの景色。
山に雲がかかり、これから天気が崩れそうな予感をさせていますね。


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本丸。写真で切れた右側のほうに、先ほどの神社があります。
左の石垣は天守台のように見えますが、これは枡形虎口の石垣で、現在では裏側のようになっているこちら側が、かつての大手口のようです。


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その枡形虎口を(本来の)入口手前から見たのがこちら。


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本丸からのべつの方角の景色ですが、飯山市営のスキージャンプ台、飯山シャンツェが見えていますね。
オリンピック選手を何人か輩出しているそうです。


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きのうとおなじ城門を。
この城門、いちど飯山城の外に移築したものを、さいきんになって城内に戻したものだそうですが、いぜん移築されたときに形が変えられ、かつての形はわからなくなってしまっているそうです。
城内にもどすときに、推測にもとづいて復元されましたが、もとの通りとはいかないとのこと。
でも飯山城のシンボルとして多くの人に親しまれていますから、やはり城内に現存遺構があるというのは、だいじなことですよね。


飯山城は鎌倉時代に、地元の豪族泉氏によってきずかれたといわれます。
天文20(1551)年ごろから北信濃への武田信玄による圧力が強まり、このあたりに拠点をおく高梨氏や泉氏は、上杉謙信に助けをもとめます。
天文22(1553)年から永禄7(1564)年にかけて5度にわたり戦われた「川中島の戦い」により、周囲の城はじわじわと武田の勢力圏にはいっていきますが、この飯山城だけは、上杉方の拠点として最後まで保たれました。

天正6(1578)年に上杉謙信が死去すると、その養子景勝と景虎のあいだで跡目あらそいがおこり(御館の乱)、景勝は武田勝頼を味方につけるために、飯山をふくむ北信濃の地を武田に割譲します。
その後武田氏が滅ぶと上杉領に復帰しますが、上杉氏も慶長3(1598)年に会津に移封になります。
それから飯山の領主はたびたび替わり、本多氏のときに明治維新をむかえます。



0297花.jpg
(現在の)大手口の坂の両側は、花が植えられたりして、きれいに整備されています。


2日かけて存分に飯山城を見学したので、思いのこすことはありません。
あとは帰るのみです。

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北飯山の駅舎はやや城郭風になっていますね。


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北飯山駅に飯山線がやってきます。


0310車窓の風景.jpg
車窓の風景。


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途中駅の信濃白鳥にて。
たまには車内のようすもわかるショットを。


0317車窓の風景.jpg
やはり途中駅の森宮野原には、こんな碑がたっていました。
日本最高積雪地点だとか。
7.85メートルというのは、たしかにすごいですね!


0318車窓の風景.jpg
車窓の風景。


0324車窓の風景.jpg
こんなメルヘンな駅舎もありました。
(どの駅かは忘れました)


0328越後川口駅.jpg
越後川口駅に到着。
これで飯山線は完乗です!
全国のJR線完全制覇計画、ちゃくちゃくと進んでいます。
(もっとも、これから僕がローカル線に乗るより、廃線のペースのほうが早くなるかもしれませんが・・・)


越後湯沢駅周辺を通ると、車窓がスキー場銀座(古)の景色になってきます。

0339舞子後楽園.jpg
写真に見えているのは、舞子高原後楽園スキー場ですね。


0346水上駅.jpg
水上駅に到着。
ここまでくれば、もう帰ってきたようなもの・・・とは言いませんが、家は近づいてきました。
とくに越後湯沢ー水上間は列車の本数が極端にすくないので、難所を越した気分です。


高崎駅で乗りかえるときに、高崎名物の駅弁、だるま弁当を買いました。
「峠の釜めし」は比較的さいきんに食べてましたので・・・。

しかし高崎からの車内はかなりの「密」になっていて、弁当をあけることができませんでした。
いぜんの「飲みテツ旅」のときは、多少車内が密になっていても、駅弁を食べていたのですが、コロナの流行いらい、よほど車内がすいてないと、マスクをはずして駅弁を食べるのはむずかしくなってきました。
今回は結局、駅弁を家までもって帰ることになってしまいました。



0349だるま弁当.jpg
ようやく家に帰ってから、「だるま弁当」をあけることができました。
貯金箱にもなる容器が、なんとなく郷愁を感じさせますね。


0354だるま弁当.jpg
中身はバラエティゆたかなおかずがならんでいます。
僕の友人のボカッチョ君などは、
「峠の釜めしとだるま弁当では、比較にならない」
(峠の釜めしのほうがずっとおいしいとのこと)
などといいますが、これはこれでおいしかったですよ。



今回の旅でおとずれた続100名城は、いずれも以前おとずれたことのあるもの。
しかも要害山城と新府城は、猛暑のために断念しました。
新規におとずれた城は、飯山城ひとつだけでした。

というわけで成果がすくなかったといえばすくなかったのですが、駅弁を食べて酒を飲み、北飯山では地元のローカルな食堂で食事をすることもできて、それなりに充実していました。
コロナが完全に落ち着くまでは、こうした小規模な旅が多くなるかもしれませんが、できる範囲で楽しんで来たいと思います。
それでは!


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