世界の遺跡-中米編(11)グァテマラ~ティカル、キリグア
この2つの遺跡は2008年の中米旅行記でもご紹介しましたが・・・。
まずはグァテマラ、フローレス市から60キロ北に位置するこの遺跡。
世界の遺跡FILE.NO68 ティカル
1990年と2008年の訪問。
写真は1990年におとずれたさいのティカルⅠ号神殿です。
こちらはⅡ号神殿。
低いですがバランスのとれた形です。
Ⅳ号神殿の上からの景色は、今とほとんど変わらないですねー。
フローレスからティカルへの道は、現在(2008年当時)でも快適とはいいがたいですが、僕が友人と2人でおとずれた1990年当時は、もっとひどいものでした。
僕たちは日帰りのつもりでフローレスからバスに乗ったのですが、運転手が何を血迷ったかデコボコ道で他の車とカーレースをおっぱじめ、案の定パンクして立ち往生してしまいました。
代わりのバスが来て、ティカルにたどり着いたのはもう日が暮れてから。
ティカルに泊まろうにも、遺跡の中には高級ホテルしかなく、貧乏旅行者の僕たちは途方にくれました。
しかしバスの中には同じような貧乏旅行者が多かったようで、(たしか)イタリア人がホテルと交渉してくれ、安い料金でロビーに寝かせてくれることになりました。
(といってもザコ寝ですが)
結果として、朝イチの遺跡が見れて非常によかったのですが・・・。
しかしあの運転手、あんなオンボロバスで飛ばしたら、こうなることがわからなかったんだろうか。
続いてこれも1990年&2008年訪問の遺跡。
世界の遺跡FILE.NO69 キリグア
広い敷地内に林立する石碑、それにかけられたワラ葺き(バナナの葉?)の屋根など、雰囲気はここ20年ほとんど変わっていません。
もっとも屋根に使われている葉は、何度も葺きかえられているでしょうが・・・。
コパンとの抗争での戦勝を記念した、背の高い石碑が特徴。
キリグア王が宗主国だったコパン王をとらえ、処刑した事件については、2008年の中米旅行記をご参照ください。
怪獣の形の石彫。
建物としては、ご覧のような背の低い基壇があるだけで、ピラミッドと呼べるようなものはありません。
このキリグア遺跡近くにある宿、オテル・ロイヤルに、期せずして2008年に再び泊まってしまったのも、中米旅行記でお伝えしたとおりです。
(^^)
さて、この1990年の旅行でたどった経路について今までご説明してきませんでしたので、いちおう記しておきますと・・・。
メキシコシティからオアハカへ行き、モンテ・アルバンなどの遺跡を見たあとで、すぐにグァテマラ国境へと向かいます。
グァテマラ入国ののち、グァテマラシティには1日しか滞在せずに、すぐホンジュラスとの国境に近いチキムラへ移動します。
そこからホンジュラス入国→コパン遺跡へ。
ふたたびグァテマラへ舞い戻り、キリグア→ティカル→セイバルの各遺跡を回ります。
このあと、セイバルに近いサヤスチェの町からボートでメキシコ再入国、という裏街道を通り、パレンケを経てユカタン半島を回ることになるのですが・・・。
メキシコ再入国のさいに僕たちがちょっとしたトラブルをまき起こしてしまったことについては、次回のセイバル遺跡の記事でお伝えします。
(^^)
それではまた!
まずはグァテマラ、フローレス市から60キロ北に位置するこの遺跡。
世界の遺跡FILE.NO68 ティカル
1990年と2008年の訪問。
写真は1990年におとずれたさいのティカルⅠ号神殿です。
こちらはⅡ号神殿。
低いですがバランスのとれた形です。
Ⅳ号神殿の上からの景色は、今とほとんど変わらないですねー。
フローレスからティカルへの道は、現在(2008年当時)でも快適とはいいがたいですが、僕が友人と2人でおとずれた1990年当時は、もっとひどいものでした。
僕たちは日帰りのつもりでフローレスからバスに乗ったのですが、運転手が何を血迷ったかデコボコ道で他の車とカーレースをおっぱじめ、案の定パンクして立ち往生してしまいました。
代わりのバスが来て、ティカルにたどり着いたのはもう日が暮れてから。
ティカルに泊まろうにも、遺跡の中には高級ホテルしかなく、貧乏旅行者の僕たちは途方にくれました。
しかしバスの中には同じような貧乏旅行者が多かったようで、(たしか)イタリア人がホテルと交渉してくれ、安い料金でロビーに寝かせてくれることになりました。
(といってもザコ寝ですが)
結果として、朝イチの遺跡が見れて非常によかったのですが・・・。
しかしあの運転手、あんなオンボロバスで飛ばしたら、こうなることがわからなかったんだろうか。
続いてこれも1990年&2008年訪問の遺跡。
世界の遺跡FILE.NO69 キリグア
広い敷地内に林立する石碑、それにかけられたワラ葺き(バナナの葉?)の屋根など、雰囲気はここ20年ほとんど変わっていません。
もっとも屋根に使われている葉は、何度も葺きかえられているでしょうが・・・。
コパンとの抗争での戦勝を記念した、背の高い石碑が特徴。
キリグア王が宗主国だったコパン王をとらえ、処刑した事件については、2008年の中米旅行記をご参照ください。
怪獣の形の石彫。
建物としては、ご覧のような背の低い基壇があるだけで、ピラミッドと呼べるようなものはありません。
このキリグア遺跡近くにある宿、オテル・ロイヤルに、期せずして2008年に再び泊まってしまったのも、中米旅行記でお伝えしたとおりです。
(^^)
さて、この1990年の旅行でたどった経路について今までご説明してきませんでしたので、いちおう記しておきますと・・・。
メキシコシティからオアハカへ行き、モンテ・アルバンなどの遺跡を見たあとで、すぐにグァテマラ国境へと向かいます。
グァテマラ入国ののち、グァテマラシティには1日しか滞在せずに、すぐホンジュラスとの国境に近いチキムラへ移動します。
そこからホンジュラス入国→コパン遺跡へ。
ふたたびグァテマラへ舞い戻り、キリグア→ティカル→セイバルの各遺跡を回ります。
このあと、セイバルに近いサヤスチェの町からボートでメキシコ再入国、という裏街道を通り、パレンケを経てユカタン半島を回ることになるのですが・・・。
メキシコ再入国のさいに僕たちがちょっとしたトラブルをまき起こしてしまったことについては、次回のセイバル遺跡の記事でお伝えします。
(^^)
それではまた!










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