東京オリンピックは辞退を

暴論を書きます。
ひねくれた中年男のたわごと、と聞き流していただいてもかまいません。
リオ・オリンピックが終わったばかりで、感動の余韻にひたっている方も多いかとは思いますが・・・。
2020年の東京オリンピックの開催は、返上すべきだと思うのです。

2024年の夏季五輪の招致に立候補していたドイツのハンブルクは、住民投票で反対が多かったため招致を断念しています。
またボストンやローマも、同様に招致を取り下げました。
ドイツでは2022年の冬季五輪招致を検討していたミュンヘンでも、反対が多く招致を取り下げています。
理由は環境への悪影響や費用がかかりすぎること、テロへの懸念などです。

このように、すでに先進国では五輪を開催することはステータスでもなんでもなく、金食い虫のお荷物イベントになりつつあります。
五輪招致に手をあげる都市も、回を追うごとに減っているのが現状です。

これから発展しようとする都市なら、五輪開催による効果が見込めるかもしれませんが、東京のような成熟しきった都市で開催する必要があるでしょうか?
百歩ゆずって、かつて候補にあがった名古屋や大阪なら、東京への一極集中の是正という点で意義があるかもしれませんが、東京でやることに大きなメリットがあるとは思えません。

東日本大震災の被災地の復興も、まだ終わっていません。
五輪の準備によってひきおこされる、建設資材の高騰や建設業界の人手不足は、復興のさまたげになります。
当初7000億円といわれていた東京五輪の開催費用は、今や2兆円~3兆円にまでふくれあがると見られています。
そんなお金があったら、被災地の復興にまわすべきじゃないんでしょうか?

あまつさえ、東京五輪の招致過程に不正があった疑惑がとりざたされています。
不正をしてまで、開催する価値があるでしょうか。

安○さんによる憲法の解釈変更により、日本は米軍と一体と見なされ、テロリストから狙われる国となってしまいました。
五輪の開催など、恰好のテロの標的を提供するようなものです。

東京五輪では金メダルを20~33個獲得し、世界でのメダル獲得数3位をめざすとのことです。
選手ががんばった結果として、金メダルがたくさん獲得でき、「よかったね」というのならいいのですが、最初から獲得数の目標を定めるのには、何やら空恐ろしいものを感じてしまいます。
まるでヒトラーの時代のベルリン・オリンピックのように、オリンピックを“国家の宣伝の場”にしようとしているかのようです。
一部の政治家の方々にとっては、オリンピックは国威発揚の場でしかないのでしょうね。

本来参加することに意義があるというのが、五輪の精神だったんじゃないでしょうか。
大仰にメダル獲得数の目標をかかげることは、メダルを取れなかったことを失敗とみなし、負けた選手のがんばりを認めないことにつながりかねません。
結果が出なくても、がんばったことを評価する世の中であるべきです。
金メダル目標の達成のために、大金を投じるなんてバカげています。


僕はなにも、こうしたスポーツ・イベントの招致にすべて反対しているわけではありません。
問題は、五輪の規模があまりにも巨大化しすぎたことです。
もともと“アマチュアの祭典”だったオリンピックにおいて、商業化が顕著になるのは、1984年のロサンゼルス・オリンピックからです。
以後、オリンピックはコントロール不可能なほど肥大化してしまいました。
ロシアのように、ドーピングしてまでメダルを取ろうという国が出てくるのも、その流れでしょう。

もう一度、五輪の方向性を考えなおすべき時期に、来ているのではないでしょうか。
ぼう大な費用を要しない、コンパクトなものにしていくべきです。
ふたたびアマチュアの祭典に戻すことも、検討していいかもしれません。
そうすれば、金メダルの獲得目標なんてバカなことをいいだす人も、いなくなるでしょう。

本来、一流選手が全力で技を競いあうスポーツ・イベントは、感動的なものです。
オリンピックも、だれもが祝福できる健全なものであってほしいと、願っています。

"東京オリンピックは辞退を" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント