北陸への旅(6)~刈谷城

〔2012年8月15日〕
今日は旅の最終日です。
朝早くから列車に乗り、タイトルにもかかわらず、すぐに北陸を出てしまいます。


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米原から乗った列車は、なんだかいつもの普通列車とはちがっているような・・・。
外観といい内装といい、どことなくゴージャス感をただよわせています。
ワイドビューひだやワイドビュー南紀などで活躍した、特急用の車両じゃないでしょうか!?


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中もごらんのとおり特急仕様です。
こんな列車に青春18きっぷで乗れるのは、ラッキー、ってことになるんでしょうか?

あとは帰るだけなのですが、ただまっすぐ帰るのも味気ありません。
途中、刈谷で降り、もうひとつ城をおとずれることにします。
刈谷城です。


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刈谷で名鉄に乗りかえ、ひとつ先の刈谷市まで行きます。
たったひと駅ですが、ほとんど名鉄に乗った経験がなかったので、よかったです。


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三の丸はほとんど城跡の痕跡をとどめてはいませんが、刈谷城址の碑がたっています。


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本丸は公園となっています。


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ひっそりと立つ“刈谷城本丸跡”の碑。


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本丸の周囲にのこる水堀が、いちばん城址としての雰囲気をのこしているでしょうか。

刈谷城は、天文2(1533)年に水野忠政によって築かれました。
忠政の娘、於大の方は松平広忠のもとに嫁ぎ、元康(のちの徳川家康)を生みます。
つまりこの城は、家康の祖父の城ということになります。

その後、城は佐久間信盛が城主となる時期などを経て、水野氏、久松氏、安倍氏などが居城とし、明治維新まで続きます。




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城跡のとなりには、刈谷市郷土資料館が立っています。
資料館の建物じたい、古い小学校の校舎を活用したもので、歴史的価値がありそうです。


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刈谷城の精密な模型があります。


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地元の祭につかわれるハリボテの人形。


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館内には、昭和30年代の民家が再現されています。


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こちらも再現された昭和30年代の小学校の教室。
僕の時代はもうちょっとあとですが、やっぱりこんなイスと机で勉強していたような気が・・・。


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ふたたび名鉄に乗り、刈谷へともどります。
刈谷からは、東海道を一直線。
これで旅も終わりです。
おつきあいいただき、ありがとうございました。
m(_ _)m



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この記事へのコメント

ピラン猫
2012年08月28日 22:42
こんばんは。
刈谷城は城跡というより公園といった感じですね。
青春18きっぷに限らず、途中下車できる切符を手にすると寄り道したくなりますね。
私鉄に乗換えるとは言え、駅から近い刈谷城跡は途中下車にちょうど良さそうな所ですね。

整備された城から荒城まで色々な様相の城を回り、朝倉氏の遺跡も廻って日本海の幸も味わわれた今回の旅は、変化に富んでいて、旅行記も楽しませて頂きました。
家ニスタ
2012年08月28日 23:20
刈谷城跡は完全に公園でしたね。
おっしゃるとおり、まっすぐ帰ればいいのについつい寄り道をしてしまいます。
名鉄は本数が多いので、途中下車には最適な場所ですよ。

たしかに、鳥越城や一乗谷のような整備復元された城から、末森城のような荒れ城まで、今回はバリエーションに富んでいました。
日本海の海の幸は本当においしかったです。
いつもご覧いただきありがとうございます!

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