飛騨への旅(7)~増島城、小島城

<5日め>
レンタカーの旅はきのう一日でおしまい。
ここからは再び青春18きっぷを使った鉄道の旅です。


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朝7時40分に、高山駅を出発。
飛騨古川駅をめざします。


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古川駅から徒歩5分ほどのところに、増島城があります。


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現在は、天守台の石垣と周囲の堀をのこすのみ。


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天正13(1585)年、越前大野城主であった金森長近は、秀吉の越中攻めと呼応して飛騨へ侵入。
三木(姉小路)氏をほろぼします。
飛騨をたまわった長近は、飛騨経営の拠点として高山城を築城すると同時に、養嗣子である可重の居城として、この増島城をきずきます。

元和元(1615)に可重が没すると、同年に出された1国1城令により、増島城は「増島旅館」と改称し、表向きは城ではなく、金森家の旅館・別邸として存続します。

しかし「旅館」ってネーミングは・・・。
(^^;)
それに旅館と名を変えれば存続できたなんて、1国1城令ってのも穴だらけですね。
これまでこのブログにも書きましたように、全国には1国1城令の例外がわんさと存在します。


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城跡には現在、御蔵稲荷神社がたっています。



つづいて古川の町内を散策します。

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ここにも、古い町並みがのこされています。


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白壁の土蔵がつづくエリアです。


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古川の町の中ほどに、古川まつり会館があります。


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古川祭でじっさいに使われる、ホンモノの屋台(山車)が展示されています。


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僕もあちこちの祭会館で、いろいろな山車を見てきましたが、このあたりでは“屋台”と称するようですね。

ここの売りは3Dシアターでの祭りの映像なのですが、そのせいで入場料が800円とややお高めなのはどうも・・・?


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となりの飛騨の匠文化館では、飛騨大工の匠のワザをたんのうすることができます。
継ぎ手をじっさいにバラしたり組み立てたりできるのですが、知恵の輪かパズルみたいでおもしろかったですよ。

12時すぎ、ふたたび高山本線に乗りこみ、となりの杉崎でおります。
ちなみにゴルド君とデルガド君は、富山へとそのまま直行しました。
マイナーな城めぐりに参加するのは、僕ひとり。


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杉崎駅から徒歩5分ほどでのぼり口に着き、そこから20分ほどの登りで、小島城に出ます。


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奥のあずまやがたっているところが主郭です。


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こちらは櫓台からの景色です。


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主郭から、さらに山の中へとわけいっていくと、こんな石垣の見られるエリアに出ます。
そこからさらに、ロープをつたって急斜面をくだっていきます。
ちょっとコワかったです。


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くだっていった先が、小島古城と呼ばれるエリアです。
この城は一城別郭のような構造になっています。


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古城をさらに進んでいった、城の先端部分には、豪快な堀切が見られます。

戦国時代、飛騨国司姉小路氏は古川、向、小島の三家にわかれていましたが、この小島城は、そのうち嫡流の小島家の城です。

飛騨南部の戦国大名、三木氏は、姉小路家の内紛に乗じて古川家を乗っとり、姉小路の名跡を継承します。
天正10(1582)年の八日町合戦において、三木自綱江馬氏をやぶって飛騨全域を手中におさめますが、このとき小島城主小島時光は三木氏について戦い、高原諏訪城から大般若経をうばって、小島城下におさめたといいます。


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小島城の遠景です。
右手奥の高い山が小島城、左手前のやや低い山が小島古城です。



小島城を見終わったあと、次の富山方面、猪谷行きまで、2時間ちかく待たなきゃいけませんでした。
この時間帯は、高山本線は4時間に1本しかないみたいです。

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杉崎駅に、ようやく列車がやってきます。


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猪谷駅で乗りかえ。
さっきまで晴れていたのに、富山県側に入ると同時に雨が降ってきました。
ここから日本海気候、ということでしょうか。

6時すぎ、ようやく富山に着きます。
この日は富山泊まりです。
ゴルド君、デルガド君とふたたび合流し、例によって居酒屋へとくりだしました。

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富山ではおなじみの深海魚、幻魚(げんげ)です。
うん、ウマーイ!


<6日め>
この日は、一日かけて地元へと帰ります。
朝5時におきて、富山を出ます。

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直江津駅で、大糸線に乗りかえです。
後方に見える工事中のたてものは、どうやら新幹線の駅をつくっているようです。
しかし、大金をかけて駅を新築したところで、一日に何人の乗降客が・・・。(以下自粛)


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車窓の風景です。
大糸線は、ずっと風光明媚ななかをすすんでいきます。


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南小谷駅到着。
右がこれまで乗ってきたディーゼルカー、左が南小谷以南で乗る電車ですねー。


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ふたたび車窓の景色。
白馬五竜スキー場ふきん。


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雄大な景色が続きます。


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松本駅到着。
ここまで来ると、帰ってきたなー、って感じがしますねー。
(まだまだ先は長いですが)
お疲れっしたー。



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この記事へのコメント

2013年04月03日 13:48
高山より古川の方が好きでしたが、城があるとは知りませんでした。もっとも、城マニアでもないし。でも、古川は城下町的ではありましたね。
家ニスタ
2013年04月03日 22:41
easy2luvさん、こんばんは。
そうですね、古川の古い町並みは、典型的な城下町といった感じですね。
たしかに高山より古川のほうが、落ち着いた風情があっていいかもしれません。
僕は高山も好きですけれども。
コメントありがとうございます。
2013年04月28日 13:12
城なのに旅館?? 物は言いようかも^M^

一国一城令の例外はあまり詳しくないんですが、先日久しぶりに芦城公園(小松城)に行ってきました。今年の数少ないお花見コースになりました(雨降りでしたがTT)
そういえば小松城も一城令の特例で存続した城でした^^でも城でした^^
家ニスタ
2013年04月28日 22:50
つとつとさん、こんばんは。
しかし、“旅館”ってネーミングはないですよねえ。
一国一城令の例外は、仙台藩では「要害」、鹿児島藩では「外城」などと称して、実質上の城をいくつも持っていましたし、おっしゃるように小松城も特例ですね。
仙台藩では要害のほかに、白石城は堂々と「城」と呼んでいましたね。
いつもコメントありがとうございます。

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