千葉の城跡めぐり(2)-お茶屋御殿、亥鼻城(千葉城)

〈2016年6月5日(日)(その2)〉
タウンライナーで千城台駅まで行きます。
モノレールの車両には、いろいろな顔がありますね。
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終点でおり、お茶屋御殿へ向けて歩きだします。
地図で見たときはもっと近いと思ったのですが、御殿までは3キロほどあり、徒歩で30分以上かかってしまいました。

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曲輪がひとつの、単郭式の城(御殿)ですが、けっこうな広さがあります。


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曲輪の周囲は、土塁でぐるっと囲われています。


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さらにそのまわりを空堀が一周しています。


お茶屋御殿は家康が東金に鷹狩りに行くさいの休息所として、土井利勝によって慶長19(1614)年にきずかれました。
御殿から東金までの道は、御成街道と呼ばれています。
以後、御殿は家康、秀忠、家光の三代にわたって利用されました。

お狩場である東金には東金御殿がありましたが、寛文年間(1661~1672)に取り壊されています。
そのため、お茶屋御殿も同じころ廃されたと考えられています。




往復6キロの道。
このところ太りぎみのゴルド君は、マメがつぶれたといってました。
(笑)
ふたたび千城台駅からモノレールに乗りこみます。


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千城台駅。
なんだか未来都市みたいですね。


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県庁前駅でおり、亥鼻城へ向けて歩きだします。


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亥鼻城への道の途中には、アジサイがきれいに咲いていました。


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無粋者の僕ですが、花の中ではアジサイがいちばん好きです。


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やがて千葉城(亥鼻城)の模擬天守が見えてきます。
歴史上存在しなかったものを建ててしまった、この天守ですが、昭和42年の建造といいますから、それなりの歴史をもつようになってしまいました。
建物は千葉市立郷土博物館として利用されています。


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天守前には、由来不明の騎馬武者の像がたっています。

僕はこの天守は、まったくなんにもなかったところに突然たてたのだと思っていましたが、いちおう亥鼻城(いのはなじょう)という由緒ある城跡なのでした。
ただし、もちろん往時には天守閣は存在しませんでした。

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亥鼻城の痕跡をのこす土塁がこちらです。


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さらに奥へと進んでいくと、神明社があります。
このあたりも、往時の亥鼻城の城域だったことでしょう。

亥鼻城(千葉城)は源平のころから、千葉氏の本拠地でした。
戦国時代に入ると、千葉氏は関東の争乱の渦中にまきこまれ、また同族間のあらそいなどもあって、疲弊していきます。
里見氏が房総に勢力をのばすようになると、千葉氏の勢いはますます弱まっていきます。

康正元(1455)年、当時の城主千葉胤直は叔父馬加康胤に急襲され、城を落ちのびます。
長禄元(1457)年には千葉氏の本拠は本佐倉城に移され、亥鼻城はその価値を失います。


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おさないころ、千葉城でプラネタリウムを見た記憶があります。
ざんねんながら、プラネタリウム投影事業は平成19年7月をもって終了したそうです。


僕は歴史上正確でない天守は、基本的にすべて取り壊すべきだと考えていますが、この天守閣のように30年、40年と市民に親しまれている建物には、また別の価値が生まれてきてしまっていますよね。
単純に壊してしまうのがいいのか、むずかしいところです。




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城内にもアジサイが咲いていました。


そろそろいい時間になってきました。
船橋に場所をうつし、プチ呑みテツの総仕上げとまいりましょう。
場所はおなじみの中華食堂、日高屋です。


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まずは生ビールでカンパイ。


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ニラレバ炒め。
安くてうまい日高屋、ツマミになりそうなメニューもたくさんあります。


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こちらは麻婆豆腐。
ところで、麻婆豆腐の辛さって、山椒によるものだって知ってました?


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餃子です。
羽根がぱりぱりとしてておいしい。


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日本酒へと移行。
無銘柄ながらおいしいお酒。


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シメはやっぱり中華そば。
シンプルなしょうゆ味、うーんうまい。

さいごは例によって例のごとく、カラオケに突入しました。


今日はかけ足で4つ(5つ)の城を見て、鉄道やモノレールに乗り、おいしいものを食べて飲んで、よくばりな1日になりました。
プチ呑みテツの旅はこれからも、定期的に開催してまいります。

それではまた!




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この記事へのコメント

2016年06月08日 20:09
千葉駅前を走る千葉都市モノレールは、何本ものレールがビルの間から伸びて、そこを走るモノレールは本当にSF映画みたいですよね。
千葉城の天守って、存在しなかったんですか?
どうりで電車からあまりにも良く見えると思ったら、なんだか熱海城みたいですね。
このユルさがいいかな?
家ニスタ
2016年06月08日 22:09
ひとかげさん、こんばんは。
モノレールはほんとにSFみたいです。
各地の大都市が地下鉄建設に走るなか、なぜモノレールなのか?と建設当初は思ったのですが、今となっては独特の風景となっていますね。
千葉城に天守は存在しませんでした。
まさに熱海城といっしょですね。
もっとも、熱海城のほうは元になる城さえ存在していない、単なる現代の観光施設なのですが。
いつもコメントありがとうございます。
2016年06月09日 02:06
歴史上にはない天守ですか
でも、思い出はある城なんですね

今回は中華ですね
美味しそうです
一昨日、餃子とニラ玉を作りました(笑)
昨日はお昼にラーメンを食べました
今日のお昼はニラともやし炒めを食べたので。。。親近感があります(笑)

最後はカラオケで楽しいし1日でしたね♪
2016年06月09日 09:10
千葉にもたくさんのお城があるのですね。
7月に千葉在住の弟の所へ行ったついでに房総半島を少し廻ってこようと思っています。
時間の関係で100名城の佐倉城と茨城県の水戸城にしか行けないと思いますが・・・
久しぶりに関東地方進出ですw
2016年06月09日 20:29
こんばんは~
千葉便り 拝見~
亥鼻城にモノレール千城台駅 家康が3日間で造らせたという御成街道
どれも
イータンの庭ばかり 楽しく拝見しました。
家ニスタ
2016年06月09日 22:35
とまるさん、こんばんは。
歴史上存在しない天守ですが、思い出はあります。
小さいころ千葉に住んでいて、千葉城でプラネタリウムを見るのが楽しみでした。
日高屋は安くてそれなりにおいしいので、最近のお気に入りです。
楽しめた一日になりました。
いつもコメントありがとうございます。
家ニスタ
2016年06月09日 22:38
OZMAさん、こんばんは。
千葉にもたくさん城があります。
僕の地元にもいらっしゃるということで、ありがとうございます。
水戸城は建物などは残っていないですが、きわめて規模の大きな空堀がありますので、ぜひご覧ください。
できれば百名城以外も訪れていただきたいですが・・・。
茨城では笠間城、千葉では本佐倉城や臼井城あたりがオススメです。
いつもコメントありがとうございます。
家ニスタ
2016年06月09日 22:41
イータンさん、こんばんは。
イータンさんの地元は、こちらのほうでしたか。
御成街道は家康が3日間でつくらせたんですか。
貴重な情報ありがとうございます。
千葉城天守の地元での評判はいかがでしょうか?
コメントありがとうございます。
2016年06月10日 21:46
吉祥寺の井の頭公園にも、
「御殿山」と呼ばれる所があって、
家光の鷹狩の休憩所だったかと思いますが、
同じような御殿が、江戸城を中心に
東側にもあったんですね。
この季節、紫陽花の花が元気で、
行く先々で目を楽しませてくれるようです。
家ニスタ
2016年06月10日 22:46
yasuhikoさん、こんばんは。
井の頭公園にも御殿があるんですね。
関東のあちこちに御殿があるみたいですね。
ただ、東金の御殿は現在では消滅してしまっているようですが。
いつもコメントありがとうございます。
2016年06月12日 21:10
お茶屋御殿が千葉の東金にあったのですか。
この地まで将軍が狩りに出かけたなんて、当時は結構将軍家もアクティブだったのですね。
千葉城の模擬天守、立派ですが確かに違和感を覚えますね。ただ長い年月で地元の人達に愛されているなら、それも一つの歴史に一コマになるのかなと思います。
家ニスタ
2016年06月12日 22:26
ミクミティさん、こんばんは。
東金にも御殿がありました。
今の千葉市から、東金まではけっこう距離がありそうですが、昔の将軍は歩いて通ってたんですからねえ。
千葉城模擬天守、違和感ありまくりです。
ただ、30年、40年と建っていると、これもある種の「遺産」と呼べるわけで・・・。
むずかしいですね。
いつもコメントありがとうございます。

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