東京、埼玉の城めぐり(2)-難波田城、岡城

志木駅より乗ったバスを終点の下南畑でおり、北へ向かって歩きだします。
徒歩10分ほどで、難波田城(なんばたじょう)公園につきます。

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低地にある純然たる平城で、城跡公園として整備されています。


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復元された追手門から、中へと入っていきます。


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一部やりすぎの感はありますが、城跡はきれいに復元整備されています。


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水堀にはスイレンが生い茂っています。


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こちらは東門。


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曲輪Ⅰには難波田氏館跡の碑がたっています。
しかし主郭(曲輪Ⅰ)の大部分は現在民家となっており、復元されているのはごく一部だけです。


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水城のふんいきがただよいます。


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水堀の西端では、行田ハスが花をさかせていました。
なんでも数千年の眠りからよみがえった(!)、古代ハスだそうです。


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難波田城の歴史は鎌倉時代、武蔵七党のひとつ金子氏の一族がこの地をあたえられ、難波田氏を名のったことにはじまります。
戦国期に難波田氏は上杉氏の家臣となりますが、天文15(1546)年の川越夜戦で上杉氏は北条氏によって追い落とされ、難波田氏も歴史の表舞台から姿を消します。

代わってこの地を領したのは北条氏の臣、上田氏でした。
しかし天正18(1590)年の秀吉の小田原征伐によって北条氏は滅び、それにともなって難波田城も廃城となります。


難波田城が水城であったかどうかですが・・・。
城跡はまったくの平地で、周囲には現在も水田が広がっています。
往時はこのあたりは低湿地だったと考えられ、いわゆる“水城”だった可能性は高いと思います。

埼玉にはいわずと知れた忍城がありますし、わがイバラキには下妻城、関城、大宝城などがあります。
いわゆる“水城”という形式は、関東のあちこちに広がっていたと思われます。


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城跡ゾーンの西には古民家ゾーンがあり、各地から移築された古民家がならんでいます。


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古民家ゾーンにたっている古い赤ポスト。





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バス停ちかくには、盛りは過ぎてましたが、アジサイがきれいに咲いていました。


バスで志木駅までもどり、ふたたび東上線に乗りこみます。
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東武50090型に乗って、朝霞まで行きます。


朝霞駅から徒歩20分ほどで、岡城跡につきます。
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整備された階段をのぼっていきます。
ここも、たいしたのぼりではありません。


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やがて二の郭に出ます。


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二の郭と一の郭の間の空堀です。


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こちらが一の郭。
かなりの広さがあります。


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こちらは三の郭と二の郭の間の空堀です。


岡城には太田道灌の築城によるとの伝承もあるようですが、じっさいのところはよくわかりません。
この城に関する資料は、ほとんど残っていないようです。
現在の遺構は戦国期のものと考えられますが、『余湖くんのお城のページ』で指摘されているように、それにしては造作が甘いところもあり、たしかなところはわかりません。

いずれにせよ、東京からほど近い朝霞の地で、残りのよい城跡に接することができるのですから、ありがたいことです。





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ふたたび朝霞駅にもどり、東武線10030型に乗りこみます。


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成増駅で各駅停車に乗りかえ。
写真は50000型。
ときわ台駅でおります。

おめあてはやきとりの名門・秋吉ときわ台店。
別にヨイショしているわけではありません。
“名門”が店名になっているんです。


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駅から徒歩3分ほどのところにあります。
福井が本店のお店ですが、さいきんは東京でもあちこちにあるようです。

先日福井へ行ったときにも秋吉のお店は見かけましたが、行かなかったので、東京で行ってみることにしたわけです。

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まずは生ビールでカンパイ。
暑いなか歩きまわったので、冷たいビールがウマいっす。


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福井名物が、この純けい
北陸旅行記のときにもご紹介しましたね、たまごを産まなくなった親鳥の肉です。
800度の熱で短時間で焼き上げるので、かたい親鳥でも油が落ちず、おいしく食べられるんだそうです。
うーん、うまい。


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ねぎ串焼き。


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日本酒に移行。
富山の酒、成政です。
秋吉オリジナルラベルですね。


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豚のシロ。
大腸だそうです。

一人だったのに、けっこうな量飲んでしまいました。
うーん、おなかいっぱい。


今日は東京で2城、埼玉で2城の計4城を見ることができ、焼き鳥も食べられて、充実した一日になりました。
また近いうち、プチ呑みテツを兼ねた城めぐりの旅に行こうと思いまーす。
それではまた!

〈2016年6月27日(月)(その2)〉



*おまけ
今年はわが家のアジサイが、たった2輪しか咲きませんでした。
しかもそのうちのひとつは小さくて・・・。
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これは唯一まともに咲いた花です。
ウチの場合たくさん咲くのは、一年おきみたいですね。
来年に期待です。




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この記事へのコメント

2016年07月06日 11:24
整備されてて美しいですね
数千年の眠りから蘇った蓮の花が素敵です♪

古民家も良いですね
ポストも懐かしいです

今回は一人で行かれたんですね
親鳥の焼き鳥は美味しそうです
作ってみようと思ったんですが串に刺して焼くのが面倒で。。。炒めてしまいます(笑)
2016年07月06日 21:53
古城跡が整備されて花が沢山植えられているところって、非常に魅力を感じます。歴史の深みと花の美しさの両方を味わえるのがとてもお得な気がしてしまうのです。
難波田城は知りませんでした。上杉家や北条氏が関東で争っていた時代、今では全く想像できない風景が広がっていたでしょうね。
家ニスタ
2016年07月06日 22:38
とまるさん、こんばんは。
難波田城跡はよく整備されていました。
古代蓮は発掘現場で発見された種をうえてみたところ、花を咲かせたのだそうです。
親鳥は店で食べるとおいしいのですが、かたいのと油が落ちやすく、家で焼き鳥にするのはむずかしい、と店の人がいっていました。
いつもコメントありがとうございます。
家ニスタ
2016年07月06日 22:43
ミクミティさん、こんばんは。
たしかによく整備された歴史公園と花、両方楽しめると得した気分になります。
湿地帯に浮かぶ水城の雰囲気は、今とあまり変わらないのでは、と想像しながら歩いていました。
きれいに復元された城跡は、そうした楽しみがありますよね。
嘘くさい建物まで復元されてしまうと、興ざめですが・・・。
いつもコメントありがとうございます。
2016年07月08日 11:33
難波田城は、ずい分きれいに
整備されてるんですね。
手を加え過ぎの感もありますが、
市民の憩いの場として、地域の
歴史に親しんでもらうという意味では、
とてもいいような気がしました。
前回の記事ですが、都営三田線は、
職場の関係で一時利用していた事もあり、
遺跡が残ってる事に驚きました。
家ニスタ
2016年07月08日 22:58
yasuhikoさん、こんばんは。
あまりきれいに整備されすぎていると、逆にウソっぽくなっちゃうんですが、この難波田城はぎりぎりのところで踏みとどまっていると思います。
じっさいに市民に親しまれているようでした。
僕も都営三田線の沿線に、こんなに城跡が残っていることにびっくりしました。
いつもコメントありがとうございます。
2016年07月09日 14:32
一日に四城もまわるとは、相変わらずの健脚ですねえ。
北陸に居るとなかなか水城の言葉を聞かないのですが、小矢部の木舟城などが事例の一つかも。加賀では河北潟近辺の木越に真宗寺院・木越光徳寺があり、実際に織田軍との最終戦闘が行われていたようです。ただ、水田地帯で痕跡も解らなかったんですが、昨年、発掘調査で幅4メートルのL字の大濠跡が出て来たそうです。なかなか馴染がありません・
こちらでは秋吉は人気ありますねえ。。以前は保存と運送の関係で富山まででしたが今ではすっかり全国区ですねえ。純けいはもちろんですが、僕はこころ(しんぞう)・すなぎもが好きですねえ
家ニスタ
2016年07月10日 11:19
つとつとさん、こんにちは。
一日4城といっても、本格的な山城はなく、ほとんど平行移動でしたので、たいしたことはありません。
なるほど、北陸は水城が少ないんですね。
水田地帯にあった平城は、たしかに痕跡が見つけづらいかもしれません。
機会があったら行ってみたいですね。
秋吉情報ありがとうございます!
こころ・すなぎもですね。
今度また行ってみます。
いつもコメントありがとうございます。

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